HOME > 「ゆめ」のはじまり > 山城知佳さんの「ゆめ」


京都大学医学研究科博士課程 在学中

Q1. 子供の頃の夢は何ですか?

年齢によって色々と夢は変わっていきましたが、一貫していたのは医学系の職業に興味があったことです。
3歳:看護婦さん(23年前なので、当時は看護師ではなく看護婦でした)。ナース服に憧れていました。
10歳:医師。看護師よりも魅力的に感じていました。あと、ブラックジャックに憧れていました。
13歳:産婦人科医。(卵が赤ちゃんになる過程に興味がありました。生命の誕生に携わりたいと思っていました。)
または薬剤師。(比較的高収入かつ、勤務時間が安定していて、雇用機会も多いという点で 好条件だと感じていました。)
14~15歳:哺乳類発生の研究者。やっぱり「生命の誕生」の部分が譲れなかったのだと思います。
ただ、産婦人科医になってしまっては、子宮内の環境を子宮外からエコーとかで見るばかりで、実際にどういう過程で生命が形成されるのかはわからないと思いました。どうせなら研究者になって、子宮内で子供が育っていく過程を体外で観察し、実際に何が起こっているのかを知りたいと思いました。

Q2. 高校生の頃の夢は何ですか?

研究者しか考えていませんでした。私が通っていた高専では卒業生の過半数はそのまま就職していたのですが、私ははじめから博士課程まで行って研究者になろうと思っていました。通常、高専では5年生(大学2年生相当)にゼミに入って研究を行うのですが、高専3年生の頃から研究室に所属させていただいて、色々実験などをさせてもらっていました。

Q3. なぜこの大学に入ったのですか?

哺乳類の発生に関する研究をしたいと思っていて、何を勉強するのが面白いのかと考えました。
いろいろとぼんやり考えた結果、生命の本質は、精子や卵子といった「生殖細胞」ではないかと考えるようになりました。
なぜならば動物の体はたくさんの細胞で構成されてはいるものの、多くの細胞はその個体で途絶えるのに対し、生殖細胞だけは新たに子供を生じさせ生命の連続性を保証する特別な性質があるためです。
そこで、高専4年生(大学一年生相当)の夏休みに、その当時マウスの生殖細胞の発生について精力的に研究されていた理化学研究所発生再生科学総合研究センター(現・多細胞システム形成研究センター)の斎藤通紀教授の研究室におじゃまさせて頂き、2週間ほど実験の手ほどきを受けました。
当時18歳だった私が、「将来絶対この研究室に入って、戦力になっていくんだ」と決心するには十分すぎるほどの恵まれた研究環境と優秀かつ熱意あふれる研究者の方々の存在がそこにはありました。
その後、高専専攻科1年(大学3年相当)にも1ヶ月ほど斎藤研で実験させて頂き、斎藤研での研究が私の進むべき道だと確信しました。
高専4年から専攻科1年の間に斎藤研が京都大学へと移りましたので、京都大学大学院を受験し今に至ります。
この仕事につこうと思ったのは生殖細胞に対する単純な興味です。
ただ、似たような研究をしている数ある研究室の中から現在の研究室を選んだのは、ひとえに研究員の皆さんの優秀さと研究に対する真摯な姿勢に感銘を受けたからです。
それまで、ヤル気も勢いもない研究室をいくつか見ましたが、斎藤研は誰もが研究を真面目に楽しんでいるように感じたのです。

Q4. その夢を諦めかけたことはありますか?

金銭的に諦めかけたことは何度もありました。
そもそも両親は大学院進学に反対で、私は「それなら自分で資金調達しながら大学院行く!」と言って大学院に強行進学しました。当初、育英会の奨学金と簡単なアルバイトで学生生活を続けていく予定だったのですが、不幸にも奨学金の貸与許可が降りず、アルバイト代ですべて生活費を賄わなければならない状況になりました。
簡単なアルバイトだけではどうにもならず、夜間にバーで4時まで働いて、翌日朝9~10時頃には研究室に行くという生活をしていると、頭も回らなくなり研究もうまくいかず、研究を続けることに限界を感じずにはいられませんでした。

叶えたというにはまだ早すぎるのですが、その夢を諦めずにいられたのは、いろんな方が金銭的に援助してくださったからです。夜間アルバイトで辛くなった時に研究室の教授に相談すると、雑用をする代わりにいくらかの給金を出してくれて、週末に少しアルバイトする程度で生活できる程度までに生活が改善されました。
服部国際奨学財団との出会いは、大学院の学生課奨学掛からの紹介でした。博士課程1年の時に、岩垂奨学会さんから月数万円のご支援を頂いていたのですが、期限が1年間だったため博士課程2年以降に新たにご支援をしていただける民間奨学財団を探していた時でした。奨学掛の方から手渡された服部国際奨学財団の募集要項を拝見した時、2年間にわたり毎月10万円という手厚いご支援に、強い衝撃を受けたとともにちょっとした疑念を抱いてしまったことを今でもよく覚えています。
ただ、絶対にこの機会を逃してなるものかと思い、実際に奨学生としての採用が決まった時にはちょっとした達成感すらありました。様々な援助を頂けたおかげで、今では金銭面での不安もなく研究に集中できる日々を過ごしています。
研究者として独り立ちしていくにはまだまだ力不足ですが、現在の恵まれた環境を最大限に活かそうと日々勉強中です。

Q5. 服部奨学金をそれまで知ってましたか?

大学の奨学掛の方から紹介を受けるまでは、大変失礼ながら、全く存じあげておりませんでした。
それまでの奨学金、とりわけ給付型奨学金に対するイメージは、採用されたところでご支援いただける額は多くても月5万円程度。
給付期間も1年限りのところがほとんどで、「生活できる素地はあるけど、奨学金を頂いて教材費などの足しにする」というような、いわばちょっとしたお小遣いのような感じでした。
また、奨学財団や他の奨学生との繋がりはほとんどなく、年に数回だけ書面でやりとりをするだけに過ぎない印象でした。
だからこそ服部国際奨学財団のスタイル、すなわち長期にわたり毎月多額のご支援があり、財団の皆様や他の奨学生と関わる機会が多く設けられる点は大変な驚きであり、また、とても理想的であると感じました。

Q6. 実際に服部奨学金を給付されてどんな感想をもっていましたか?

奨学生としての採用が決まった時は、また経済的問題で困ることなく研究生活に集中できると思い,とにかくホッとしました。 実際に毎月10万の援助はとても大きく、家計のあらゆる面においてゆとりが生まれたことはもちろん、精神的にも安定した生活が送れていると感じています。
実は、服部国際奨学財団の奨学生に応募する前に、財団を紹介してくれた大学の奨学掛の方から「結構イベント事が多い財団だけど、奨学生になったらちゃんと参加できる?」と言われたことがありました。それを聞いた時にまず思ったのは、「ちょっと面倒だけど毎月10万だし背に腹は代えられないよね!」でした。そして奨学生となった今感じることは、「確かにイベントは多いけど、全く面倒じゃないし、寧ろ楽しいし勉強になる!」です。
とにかく奨学生同士、そして奨学生と財団関係者の方々との距離が近く、びっくりするほどアットホームな雰囲気でいっぱいで、これこそ服部国際奨学財団の大きな特徴ではないかと思います。
この雰囲気は、「奨学生の学生生活だけではなく、今後の人生もサポートしていきたい」という財団の皆様のご意向から生じてきたものではないかと私は思っています。
つまり服部国際奨学財団の場合、学生生活のサポートとして奨学金を給付するだけではなく、社会に出たときに役立つかもしれない知識やコミュニケーション能力を向上させ人的ネットワークを広げてもらいたいと思っているのではないかと私は感じています。

正直なところ、何事においても諦めたい人はどうぞ諦めたら良いと私は思っています。
その人が諦めたからこそ、本当に諦められなかった人がその代わりを埋めるだけに過ぎないと考えているからです。ただ、諦めること一つにしても、諦めに至ったプロセスが納得して諦めた場合と、本当は諦めたくなかったけど何かを言い訳に諦めた場合の2種類では、全く別の話になってくると思います。
前者の場合はきっと新たな道を見出して邁進していくことでしょうが、後者の場合、その後の人生において後悔がついて離れないことと思います。だから、ここでは後者の人に本当にちょっとしたアドバイスができれば幸いです。
もちろん後者の人の中にも、諦めざるを得ないと思ってしまうきっかけが何通りかあるのだと思います。たとえば,金銭的困難だったり、自分の能力に限界を感じていたり、あるいは親からの圧力だったり、人それぞれでしょう。ただ、その困難を誰かに相談してみたりしたこと、あるでしょうか?
話してみると、意外とすっきりすることは割と多くあります(特に女子生徒の場合は顕著ではないかと思います)。ただそれ以上に、世の中にはあなたをサポートしてくれる人が多いということを意外と知らない方が多くいるのではないかと思うのです。私の場合、金銭的問題が多くつきまといましたが教授や大学の事務の方々に相談した結果、諦めずに済むことができました。自分の能力に限界を感じている人であれば、きっと自分では見えなかった自分のいいところを、ほかの人がよく見ていることに気付かされるはずですし、親からの圧力であれば、一緒に親を説得してくれる心強い存在が現れるかもしれません。「かもしれません」という他人事のような言い方ですが、実際にサポートしてくれる人は自分が考えている以上に多くいるものです。
多くの人の場合、高校生は本気で将来のことを考え始める時期であるだけに、ちょっとしたことに妙に不安になったり、他人と比較して劣等感を感じてしまったり、けれどその弱さを人に吐露するのに羞恥を感じたりと、人生の中でも最も繊細になりがちな年代だと思います。
だけど、あなたが本気で諦めたくなければ、自分が希望する場所に誰かが就くことが悔しいと感じるならば、自分の力を過信せず、他の人の力を積極的に借りに行ってみてください。

Q7. 10年後の自分は?

とにかく、研究を続けていたいというのが一番です。ポスドクが過剰だという今、研究を続けたくてもポストがなくて続けられない人も多くいます。
だからこそ、今は研究に集中して研究者として生きられるだけの知識と実績を積み上げていきたいと考えています。 どんな人間になりたいかというのは明確に思いつきませんが、嘘のない、なるべく正確で誠実な人間でありたいとは強く思います。
ここ数年、生命科学分野では研究結果の捏造や改ざんなどが取り上げられ、世間の期待を裏切るようなこともいくつかありました。
それらが故意なのかそうでないのかは私の知るところではありませんが、とにかく私は彼らの二の舞いにならぬよう、研究に対しては常に誠実に、正確でありたいと思っています。