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愛知県立大学国際文化研究科博士課程 在学中

Q1. 子供の頃の夢は何ですか?

小学校4年生の時の担任が考古学を学んでいた方で、その頃から考古学には興味がありました。
しかしその頃は勉強が嫌いで身体を動かすのが好きだったので、将来の夢は特撮ヒーローの中の人になることでした。

Q2. 高校生の頃の夢は何ですか?

考古学を夢として意識し始めたのが、高校の時です。
進路希望調査でどんな分野の大学に進みたいか記入する欄があり、「○○学」をいくつも調べていく中で、考古学への興味が再燃しました。

Q3. なぜこの大学に入ったのですか?

考古学を調べていく中で、メキシコにピラミッドがあることを知りました。当時は今以上に、自分も含め、日本では「ピラミッド」といえば「エジプト」でした。へそ曲がりなので、「ピラミッドといえばメキシコでしょ」という人になってみたく、中米の考古学を学べる場所を探していました。
たまたま「世界ふしぎ発見!」でメキシコのテオティワカン遺跡でピラミッドの発掘をしている先生が愛知県立大学にいることを知り、愛知県立大学進学を決めました。

Q4. その夢を諦めかけたことはありますか?

大学卒業後の進路について就職と進学を迷いました。早く社会に出たいと思い、一度は考古学者の夢を諦め就職しました。仕事は楽しかったのですが、やはり残業や営業まわりで毎日疲れました。
しかしどんなに疲れていても、寝る前になんの気なく考古学の本を開くと、面白くて、ワクワクして、いつの間にか夜更かししていました。やはり自分は考古学が好きなのだなと思っていた時に、大学の時の先生から今度の海外調査に参加できないかと声をかけられ、迷わず仕事をやめてメキシコに飛び、帰国後大学院に進学しました。

まだ夢を追いかけているところです。
仕事をやめ大学院に進学しましたが、なにしろ充分な収入がありません。
生活も厳しい状況でした。そして、追い打ちをかけるように、東日本大震災が起きました。
学費は免除になっていたので、博士前期課程は修了できると思っていましたが、博士後期課程に進むのは無理だと思って、再就職を探していました。
そのとき、大学の奨学金担当から、服部国際奨学財団が被災者優先の奨学生公募を出していると聞き応募しました。
服部国際奨学財団からの奨学生に採用され、博士後期進学後も再応募は可能だと知り、進学を決めました。
現在も研究活動をし夢を追い続けられているのは、服部国際奨学財団の援助のお陰です。

Q5. 服部奨学金をそれまで知ってましたか?

大学の奨学金担当に教えてもらうまで、服部国際奨学財団のことは知りませんでした。
それまでの「奨学金」のイメージは、日本学生支援機構のように、貸与型のものばかりでした。
卒業後の返還義務を考えると、貸与型奨学金には応募できずにいました。
給付型のものは少額のイメージでした。私のように海外での調査が必要不可欠な分野では、採用されても一度の渡航ですべて使ってしまいます。
もちろん額の大きい奨学金もありますが、スポーツでの功績や、受賞歴、発明や特許の有無などが重視されるため、私のような人文社会学分野にとっては厳しいイメージです。

Q6. 実際に服部奨学金を給付されてどんな感想をもっていましたか?

何よりも、感謝の気持ちがあります。
服部国際奨学財団と出会えていなかったら、今の自分はありません。これからも他の奨学生との交流を通して自分を高めていきたいと思っています。
日本人の中では一番長い期間援助を受けていますので、これからも研究の成果を財団に送り、他の奨学生に伝えてもらい、他の奨学生が「負けてられない」と思うような研究をしていきたいと思っています。
私が財団にできる恩返しはそれだけだと思っていますので。

人生に困難はつきものです。
それは人災、天災問わず、突然襲ってくるものです。けれど、突破できないような困難なんて滅多にありません。 どんなことでも、どこかにやり方が隠れています。本の中かもしれないし、誰かの頭のなかかもしれないし、奨学金情報の掲示板かもしれません。考え方を少し変えるだけでも、解決策は見つかります。それさえ見つけてしまえば、あとは思うままに突き進むだけです。
そんなの簡単に見つけられないと思うかもしれません。だからいつも、色んな所にアンテナを張ってください。一人では見つけられないこともあります。そんな時は友人・家族・仲間を遠慮なく頼ればいいんです。どんな人も一生のうちに3000人くらいの知り合いができるといいます。一人が1つ情報を持つなら、3000人で3000の情報、友達の友達を紹介してもらえば900万の情報が手に入ります。
それだけあれば、どんなことでも解決できる気がしませんか?

Q7. 10年後の自分は?

10年後は夢を叶えて考古学者になっています。どこかの大学や研究機関にいるはずです。
私を考古学に導いてくれた小学校の時の先生のように、誰かが夢を持つきっかけになるような人間になること。また、テレビに映る姿を見て追いかけ始めてしまった今の私の指導教員のように、誰かが追いかけてくれるような第一線の研究者になりたいと思っています。